気候変動COP29において、途上国向けの気候行動に対する資金を2035年までに年間1.3兆ドルに拡大する目標が合意されました。また、昆明・モントリオール生物多様性枠組においては、ネイチャーポジティブの実現のために2030年までに少なくとも年間2,000億ドルの資金を動員することが目標とされています。本稿では、これらの目標達成に向け、自然資本にとって意味のある投資とはどのようなものなのか、そしてそれが実際にどの程度の市場規模を持つのかを、エクイティ(株式)とデット(債券・融資)の観点から考察します。
自然資本関連事業の資金源
企業が保全活動を行うための資金調達の経路は、事業利益の再投資か融資や債券(デット)による外部調達が主となります。プロジェクトにおいてはエクイティ調達も行われますが、事業会社からの出資が主で、実質的に事業利益の再投資と考えられます。
デット(融資・債券)への投資は、企業やプロジェクトにとっての直接的な資金源となります。投資家は、資金使途の限定や自然資本に関する成果指標(アウトカム)の設定を通じて、自然資本ファイナンスに直結した投資を推進できます。
例:自然資本関連インフラデットの場合
- 太陽光発電所建設など、気候自然関連のプロジェクトに対して、銀行団などからの融資を行う
- 銀行団は、融資期間にわたるプロジェクト事業の採算性と成功確率を考慮して貸出利率を設定すると同時に、GHG排出削減が目標に沿って確実に達成できるか、土地改変や汚染など自然資本への影響が最小化されているかなど、自然資本関連のインパクトが最小化あるいはネットでポジティブにできるかを、事前事後で査定・検証する
上場株式への投資は、企業にとっての資金調達には直接あたりません。したがって、株式投資家の自然資本ファイナンスへの関わりは、銘柄選択とエンゲージメント(対話)を通じて、企業の環境戦略や保全活動への行動を促す間接的な影響を及ぼす形をとります。
例:自然資本関連株式ファンドの場合
- 再生農法の導入を通じて原材料調達の長期安定化を図るなど、自然資本の状態の改善を通じた企業価値の向上が可能な企業の上場株式に投資するファンド
- 投資家は投資先企業に対して、投資対象銘柄として選定することによる企業への意思表示を行い、その後の調達戦略と自然資本の状態の継続的なモニタリングとエンゲージメントを通じて、企業価値向上の実現を担保する
自然資本関連ファイナンスにおいて重要なエクイティ投資家とは
上場株式投資家が自然資本ファイナンスに果たす役割は、企業の環境戦略や保全活動への行動を促す間接的な影響力を行使することです。この影響力の大きさを決定づける、エクイティ投資家の重要な分類軸を、規模、運用手法、時間軸の順に考察します。
1.規模の軸:価格形成への「影響力」
投資家による銘柄選択が市場の価格に影響を及ぼし、企業の資金調達環境(株式価値)にインパクトを与えるためには、取引の規模が最も重要となります。
- ファンドを運用する運用会社
多くの資金を集めて運用する主体として、その投資判断が市場全体に与える影響は大きくなります。 - 規模の大きい年金基金やソブリンウェルスファンド(SWF)
大規模な取引を行うため、売りか買いのどちらかに偏ることで、企業の市場価格に影響を与え、価格形成に大きな役割を果たします。
2.運用手法の軸:影響力の「質」
エクイティ投資は企業の行動を促す間接的な影響を目的とするため、その影響の迫力を決定づける運用手法が重要です。
- アクティブ手法は主体的に自然資本への影響を形作る
何らかの運用方針に基づいて銘柄選別を行うため、特定の自然資本関連企業を選好したり、基準を満たさない企業を投資対象から除外したりする裁量があります。この「銘柄選択」とエンゲージメントが組み合わされることで、企業の経営陣に対し、自然資本戦略へのコミットメントを求める強力なメッセージとなります。 - パッシブ手法は相対的に弱い影響力
近年、債券と株式の保有比率をバランスさせるアセットアロケーションの浸透とコスト圧力から、個人投資家や年金基金の採用が広がっている手法です。市場全体に比例するポートフォリオを維持するため、原則として投資を引き上げる最終手段を持たないため、エンゲージメントの迫力に限界があると考えられます。
3.投資の時間軸の軸:効果発現との「適合性」
自然資本の保全活動は、その効果が数十年の期間で現れるものが多いため、投資家の運用期間との適合性が求められます。
- 運用期間の時間軸が長い投資家は自然資本へ一定の関心を持つ
ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)や一部の年金基金などは、長期的な成長を見込める企業や産業に資金を長く置く傾向があり、自然資本関連の長期的な効果発現を待つことができるため、不可欠な存在です。 - 時間軸が非常に短い投資家は自然資本への関心が非常に小さい
ヘッジファンドなど、短期間で銘柄構成が大きく変わる投資家は、自然資本関連の長期的な戦略への関与は相対的に低いと考えられます。
以上を踏まえて、上場株式について、自然資本関連ファイナンスに関連する投資の市場規模は以下のようにまとめられます(筆者推定)。
- 上場株式の取引可能な発行時価総額: 約76兆ドル
- そのうち、機関投資家(上位運用会社)による保有額: 約60兆ドル
- そのうち、アクティブ運用とみなせる金額: 約30兆ドル (全株式時価総額約108兆ドルの30%程度)
自然資本関連のデット投資についての考察
デット投資は、銀行や保険会社、ファンドが融資や債券購入を行うことでなされ、国や企業、インフラ等のプロジェクトが資金を調達します。 デットは調達する事業体と投資家との対話を通じて利率などの返済の条件が決定され、個別の案件が組成されます。ファンドであればそのファンドの運用戦略に合致した債券やローンを投資銀行などの仲介を通じて探し出し、銀行や保険会社は企業やプロジェクトなどとの対話を通じて融資案件を発掘します。取引開始時点での対話とデューデリジェンスが発生する点が株式投資と異なります。
自然関連については、調達した資金の使途が環境関連事業に限定されていたり、環境関連のアウトカム達成が条件になっているような、例えばグリーン・ボンドやサステナビリティ・リンク・ローンなどのデットの活用が中心になります。プロジェクトファイナンスでは、再エネなどの環境関連のプロジェクトに投資することで、資金使途が自ずと限定されることになります。
デットは一般的に資金を返済する満期があり、満期まで債務不履行にならないことが投資家にとって重要です。株式と異なり、長期的な業績向上や価格上昇を目的とした投資というよりは、満期までの一定期間にできるだけ高い利子を獲得することにより重きが置かれることになります。 サステナブル関連のデットは通常よりも利率が低いことが想定されますが、投資家としてはその見返りとして、自然資本関連のアウトカムを求めており、事業が自然資本クレジットを発行し、投資家がそれを購入しているのに似たキャッシュフローになります。 言い換えれば、エクイティ投資家は自然資本関連の企業の活動が企業価値向上につながるか、自然資本への影響が生態系サービスと資源調達を通じて企業業績をどう変化させるかを判断する必要があるのに対し、デット投資家は資金が活用先である企業の活動が、自然資本の状態をどの程度改善するのかを評価することにより重点を置くことになります。 逆に、その自然資本の回復を経済価値に換算することが容易ではないことは、自然資本クレジットの設計上の論点と重なり、資金導入の推進にとっての大きな課題と言えるでしょう。
デットについて、自然資本関連ファイナンスに関連する投資の市場規模は以下のようにまとめられます(筆者推定)。
- デット全体の取引可能な発行時価総額: 約116兆ドル
- 年間の新規社債発行額: 約6兆ドル
- 年間のESG関連債券発行額: 約1.5兆ドル (9割が先進国向け)
まとめ
株式投資は、企業の自然資本に対するアカウンタビリティを高め、行動を促すことで、企業による資金需要を生む役割を担います。デット投資は、そこで生まれた資金需要に応える直接的な資金供給の役割を担います。 資金の供給ポテンシャルは、年間約6兆ドルに及ぶ社債市場と、おそらく年間数兆ドルに及ぶ設備投資の使途を自然資本関連に一層振り向けることができれば、十分な規模だと言えるでしょう。 また、上場株式の多くを預かっているアクティブ機関投資家は、企業による自然資本関連の資金需要を喚起するには十分な力を持っています。 一方、アクティブ手法をとる株式投資家の投資の時間軸が短くなる、例えば四半期の運用成績にこだわるような環境では、自然資本関連の課題を解決するための資金需要は生まれません。 デット投資についても、グリーンな投資が先進国に偏っている状況から推測されるのは、エマージング地域でのプロジェクトの不足でしょう。ビジネスとしても自然資本のアウトカムについても信頼のできるプロジェクトを創出するための官民一体の努力が求められると考えます。
本稿では、資本市場の資金を開示を通じて動かすという素朴な発想について、資金の力学、すなわち、資金の需要側と供給側の動機や、資金の移動の形態をより具体的に示し、その資金量の規模を見積もることで、その実現可能性に迫ることを試みました。持続可能な経済を実現する一つの手段としての自然資本関連ファイナンスを、より解像度を上げて理解することが、その成功にとって不可欠であろうと考えます。