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久米島でのジュゴン目撃!が意味すること

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目指せ!海のネイチャーポジテイブ 

先日4月29日に、久米島の近海で、ジュゴンの写真が撮影されました。 

琉球新報の記事はこちら 

私たちシンク・ネイチャーでは、沖縄県や関連研究者と連携しつつ、琉球諸島における「ジュゴンの見える化」を推進し、ジュゴン個体群の保全再生計画を提案し続けています。 

そこで、今回の久米島におけるジュゴンの確認が意味することを、最新のデータ分析結果をもとに解説します。 

問題意識

日本産のジュゴン個体群を保全再生するには、沖縄県近海のジュゴン分布の実態と、個体数を把握することが重要です。 

そこで、私たちは、ジュゴンの分布を明示する喰み跡や糞の目撃情報(専門家による十分な精度検証を経た信頼できるデータ)と、機械学習による種分布モデリングを用いて、ジュゴンの分布と生息適地をモニタリングしています。さらに、ジュゴンの繁殖動向を把握するために、2010年以降の目撃情報の中から、ジュゴンの母子と考えられる情報を抽出し、沖縄県に生息するジュゴンの最小個体数を推論しています。 

ジュゴン見える化の結果

以下の地図は、沖縄県内のジュゴンの目撃情報で、赤色丸と黄色丸は、2020年以後の目撃・痕跡地点で、灰色丸は2019年までの目撃地点を示しています。 

2020年以後の目撃・痕跡地点及び2019年までの目撃地点

ジュゴンの分布が観察されたポイントに、その場所の水深、海水温、海水塩分量、藻場面積、護岸、海岸線距離など27個の自然環境データを紐付けて、学習データを整備します。 

これを基に、ジュゴンの種分布を予測するためのAIモデルを開発しました。この「ジュゴン見える化AIモデル」の種分布予測の精度は、これまでの私たちの生物多様性可視化研究において、正答率80~90%であることが確認されています。 

ジュゴンの生息分布の変遷 

このモデルを用いて、年代ごとのジュゴンの生息分布を推定して、時代に伴うジュゴンの分布エリアを計算しました。以下の地図は、ジュゴンの生息推定エリアを、1945年以前、1946-1959年、1960-1979年、1980-1999年、2000-2009年、2010-2019年、2020-2022年ごとに可視化した結果です。 

1945年以前におけるジュゴンの生息エリア
1946-1959年におけるジュゴンの生息エリア
1960-1979年におけるジュゴンの生息エリア
1980-1999年におけるジュゴンの生息エリア
2000-2009年におけるジュゴンの生息エリア
2010-2019年におけるジュゴンの生息エリア 
2020-2022年におけるジュゴンの生息エリア

時代別の分布面積の推移 

以上の時代変遷に沿ったジュゴン分布エリアの可視化結果を基に、ジュゴンが生息する海域メッシュを定量してみました。 

以下のグラフは、横軸は年代で、縦軸はジュゴンの分布面積に相当する生息メッシュ数です。 

このグラフから、1945年以前の過去から現在にかけて、ジュゴンの分布エリアは減少してきたことが明らかです。 

しかし、2000年代以降、八重山諸島や宮古諸島でジュゴンの分布エリアが底打ちして、回復する傾向が明らかです。 

調査努力と分布評価 

ちなみに、青色で示した折れ線グラフは、近年の調査で明らかになったジュゴンの分布データを加えた分析結果を示しています。つまり、調査努力を重ねると、ジュゴンの分布エリアが大きくなることが明らかで、従来的な調査不足がジュゴン分布を過小評価していたことも理解できます。 

広域分布と回復の可能性 

この分析結果からは、沖縄県のほぼ全域にジュゴンが広域的に存在することが明らかで、琉球諸島の南西部から、ジュゴン分布が再生しつつあることがわかります。 

このことは、沖縄のジュゴンは孤立しているのではなく、東南アジアの個体群と黒潮を介して連結した個体群であることを示唆しています。実際、フィリピンには数百頭のジュゴンが生息していると言われており(Marsh et al., 2002)、さらにジュゴンの移動は600km程度(Sheppard et al., 2006)まれに1000km以上に及ぶことが指摘されてます(Hobbs et al., 2007)。 

これら既存研究と本分析結果から、沖縄のジュゴン個体群は、沿岸海域の生息環境が保持・再生されれば、今後も十分に回復する可能性があると思われます。 

実際、沖縄県内におけるジュゴンの母子個体が確認された地点は、種分布モデルで予想された生息適地適性度の高い海域に偏っていることも確認でき、海草藻場など健全な生息環境の保全が、ジュゴン個体群の再生産にとって重要であることも確認できています。 

保全の方向性:エコロジカル・トラップに要注意! 

最後に、今回のジュゴンの大規模回遊が、個体群存続のリスクとなることも指摘しつつ、今後の保全の方向性をまとめたいと思います。 

エコロジカル・トラップと呼ばれる現象があります。 

ジュゴンにとって、琉球諸島は生息適地であり、さらに、繁殖の可能性も含めて、生息場所としてのポテンシャルが十分にあります。しかし、沖縄という北限域におけるジュゴン個体群は未だ貧弱です。 

ジュゴンの分布は、東南アジアから東アジアの広域におよび、その総体をメタ個体群と捉えると、南方のソース集団から遠く離れた沖縄県のジュゴンは、北限のシンク集団と言えるでしょう(Panyawai & Prathep 2022)。 

行動範囲が広く、繁殖力の低い動物の場合、シンク集団も種の存続に重要な役割を果たします。 

しかし、ここで注意すべきは、分布周辺域において、質の高い生息場所を長期的に維持できないと、シンク集団の分布域がエコロジカル・トラップとして作用し(Heinrichs et al. 2015)、北限に移入してくるジュゴンの生存率を低下させることになります。 

沖縄県の沿岸海域を、ジュゴンにとって健全な生息環境として保全再生しないと、沖縄の海へのジュゴンの移入は、エコロジカル・トラップとして有害な影響を及ぼす可能性もあるのです。 

メタ個体群の観点から、ジュゴンの分布北限域は、個体群増加の「受け皿」としてポジテイブに機能する場合もあれば、「エコロジカル・トラップ」として個体群を消失させるネガテイブな効果ももちえます。 

今回の久米島におけるジュゴンの目撃情報は、沖縄の海に移入・繁殖して増加しつつあるジュゴンの生息適地(海草藻場など)を保全再生するネイチャーポジテイブアクションが、なおさらのこと、緊急の課題であることを意味しています。 

参考文献 

  • Heinrichs et al. (2015) Divergence in sink contributions to population persistence​​. Conservation Biology 29: 1674–1683. 
  • Hobbs, Jean-Paul A., et al. (2007). Long-distance oceanic movement of a solitary dugong (Dugong dugon) to the Cocos (Keeling) Islands. Aquatic Mammals, 33: 175-178. 
  • Marsh, H. et al. (2002). Dugong Status Report and Action Plans for Countries and Territories. Report Series. Early Warning and Assessment , United Nations Environment Program UNEP/DEWA/RS.02-1. 
  • Panyawai J. and Prathep A. (2022) A Systematic Review of the Status, Knowledge, and Research Gaps of Dugong in Southeast Asia. Aquatic Mammals 48: 203-222. 
  • Sheppard, James K., et al. (2006). Movement heterogeneity of dugongs, Dugong dugon (Müller), over large spatial scales. Journal of Experimental Marine Biology and Ecology, 334: 64-83. 

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