ポリネーション(送粉)サービス
人間の経済活動において、生態系サービスは必要不可欠なものです。生態系サービスとは、人間にとって利益となる自然の恵み(機能・働き)のことをさします。生態系サービスはさまざまありますが、その中の一つに、ポリネーション(送粉)サービスがあります。ポリネーションサービスとは、昆虫などの動物が、植物の花から花へ花粉を運び、受粉させ、植物が実や種を作る手助けをすることをさします。ポリネーションサービスを行う動物のことは、ポリネーター(送粉者)と呼びます。
ポリネーションサービスはさまざまな経済分野に影響を与えますが、一番わかりやすいのが農業になります。IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)は、全世界の主要作物の4分の3以上はポリネーションサービスに影響を受けていると報告しています。全世界の作物生産量の5〜8%はポリネーションサービスが直接寄与しており、その経済的価値は年間2350億〜5770億ドル(2015年時点の米ドル換算)と推定されています(IPBES 2016)。日本では、ポリネーションサービスの経済的価値は年間約4700億円にのぼり、そのうちの70%が野生のポリネーターによるポリネーションサービスなどが寄与していると推定されています(小沼, 大久保 2015)。
ポリネーションサービスとポリネーターの生物多様性
経済活動に生態系サービスが重要なことは明らかなのですが、近年よく耳にする生物多様性保全やネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を止めて回復させること)は、どのように生態系サービスへとつながっていくのでしょうか?生態系サービスと生物多様性の関係について、ポリネーションサービスとマルハナバチ類を例に、説明していきたいと思います。
一般的に、生態系サービスは生物多様性が増加すると増加します。ポリネーションサービスでも、ポリネーターの種数が増加するとポリネーションサービスにより作物の結実率や収量などが増加すると報告されています(e.g., Fontaine et al. 2005; Hoehn et al. 2008)。これは、ポリネーターの種数が多くなると、ポリネーターの種ごとの形態や行動の違いにより、多くの花が受粉可能になるためです(Woodcock et al. 2019)。最終的には、種数とポリネーションサービスの関係は飽和するものの、生態系サービスが生物多様性に影響を受けている典型的な例になります。
マルハナバチ類と植物の生物多様性
ポリネーターの形態の違いにより、多くの花が受粉可能になることについて、マルハナバチ類(図1)を例に、具体的に説明します。マルハナバチ類は、1〜2 cmの大型で毛がふさふさした蜂で、全体的にオレンジや黒や黄色の毛色をしています。世界で約250種生息し、日本には15種、外来種を含めると16種生息しています。さまざまな植物の花に訪れますが、作物だと、ナス科(ナス、トマトなど)、ウリ科(カボチャ、ゴーヤ、スイカなど)、カキノキ科(カキ)、ツツジ科(ブルーベリーなど)、バラ科(イチゴ、オウトウ、モモなど)などの花に訪れ、受粉します。

マルハナバチ類は、同じ属内であっても口吻長(舌の長さ)が大きく異なり、よく訪れる花が異なります。例えば、オオマルハナバチ(図2左)は、口吻長は長くても10 mmほどですが、ナガマルハナバチ(図2右)は、長いと17 mm以上あります(Supplemental Information in Suzuki-Ohno et al. 2024)。口吻長が長いと、花筒の長い花の奥にある蜜を吸うことができるため、花筒の長い花は口吻長の長い種だけが受粉させることができます。さまざまなマルハナバチがいるおかげで、さまざまな形の花が受粉し、実を結ぶことができます。

ポリネーターの減少とポリネーションサービスの減少
北アメリカやヨーロッパでは、ポリネーター、特にマルハナバチ類の減少が報告され(Cameron et al. 2011; Nieto et al. 2014; Kerr et al. 2015; Soroye et al. 2020)、ポリネーションサービスの減少が懸念されています。減少の原因は、温暖化や病気や農薬など複数ありますが、長い間報告されているのが、自然豊かな土地(森林など)の減少です。北アメリカでは国土の約4割、イギリスでは国土の約7割を農地が占めています。大規模経営農家が多く、農家あたりの農地が広いため、作物が花を咲かせる時期以外は花が少なくなります。農地周辺の森林面積の減少により、ポリネーターやポリネーションサービスの減少が起こりやすい環境と言えます。そのため、花の咲く植物を植えるなど、ポリネーターの保全活動がさかんに行なわれています。日本でも、ポリネーターの減少が深刻になる前に、対策をとる必要があります。
ポリネーター減少の原因は国によって違う
海外では、森林面積の減少がマルハナバチ類に悪影響を与えていると推定される傾向がありますが、日本では、森林面積の増加がマルハナバチ類に悪影響を与える可能性が示唆されています(Suzuki-Ohno et al. 2020)。その違いを生み出しているのは、日本の針葉樹人工林 の多さと管理放棄による劣化と推測されています。日本は、国土の約3分の2が森林で、森林のうち約4割が人工林、その人工林のうちの6割が50年生を超え、すでに伐採の時期を迎えています(林野庁 2022)。しかし、林業における高齢化や人手不足、または所有者の不明により、伐採されず、管理放棄されている人工林があります。管理放棄された針葉樹人工林は、木の密度が高く、太陽の光が林床まで届かず、暗い森になります。暗い林床には花を咲かせる植物は育たず、マルハナバチ類も訪れません。そのような針葉樹人工林には、マルハナバチ類を支えるだけの生物多様性がないのです。
森林でも、里山にある定期的に間伐を行うような明るい森林では、林床に花が咲きます。また、人間が草刈りや火入れをして管理する半自然草原と呼ばれる草原は、植物の種類が多く、マルハナバチ類が好む花も豊富に咲きます。農地でも、里山の農地は小規模であり、農地の近くには野生植物の花が咲きます。日本のマルハナバチ類は、日本人が伝統的に利用してきた里山のような生物多様性の高い環境に支えられてきたのです。

生態系サービスと生物多様性と生態系の多様性
ポリネーターの生物多様性が増加すると、ポリネーションサービスが増加します。植物の生物多様性の維持には、ポリネーションサービスとポリネーターの生物多様性が必要です。また、ポリネーターの生物多様性の維持には、植物の生物多様性が必要です。生態系サービスは生物多様性に支えられ、生物多様性は生態系サービスに支えられ、生物多様性は生物多様性に支えられています。
海外の生態系サービスや生物多様性の研究は参考になりますが、日本の環境は海外とは大きく違うため、日本の生態系サービスと生物多様性を詳しく調べ、注意深く分析することが重要になります。森林だけでなく、草原、農地、湿地や干潟、湖沼、河川、海岸など、さまざまな環境の生態系サービスや生物多様性に目を向け、日本の独自性や地域性を追求していく必要があります。多様な生態系を保護することで、生物多様性が増加し、ネイチャーポジティブの実現に近づいていくはずです。
参考文献
- IPBES (2016) Summary for policy makers of the assessment report of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services on pollinators, pollination, and food production. Potts, S.G. et al. (eds.). Secretariat of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services, Bonn, Germany. 36 pages.
- 小沼明弘, 大久保悟(2015) 日本における送粉サービスの価値評価, 日本生態学会誌 65, 217-226.
- Fontaine, C., Dajoz, I., Meriguet, J., and Loreau, M. (2005) Functional diversity of plant-pollinator interaction webs enhances the persistence of plant communities. PloS Biology 4, e1.
- Hoehn, P., Tscharntke, T., Tylianakis, J.M., and Steffan-Dewenter, I. (2008) Functional group diversity of bee pollinators increases crop yield. Proceedings of the Royal Society of London. Series B: Biological Sciences 275, 2283–2291.
- Woodcock, B.A., et al. (2019) Meta-analysis reveals that pollinator functional diversity and abundance enhance crop pollination and yield. Nature Communications 10, 1481.
- Suzuki-Ohno, Y., Ishihama, F., Yokoyama, J., Inoue, M.N., Nakashizuka, T., and Kawata, M. (2024) Estimating bee distributions and their functional range to map important areas for protecting bee species and their functions. Scientific Reports 14, 12842.
- Cameron, S.A. et al. (2011) Patterns of widespread decline in North American bumble bees. Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA 108, 662-667. doi: 10.1073/pnas.1014743108.
- Nieto, A. et al. (2014) European Red List of bees. Luxembourg: Publication Office of the European Union.
- Kerr, J.T. et al. (2015) Climate change impacts on bumblebees converge across continents. Science 349, 177-180.
- Soroye, P., Newbold, T., & Kerr, J. (2020) Climate change contributes to widespread declines among bumble bees across continents. Science 367, 685-688.
- Suzuki-Ohno, Y., Yokoyama, J., Nakashizuka, T, and Kawata, M. (2020) Estimating possible bumblebee range shifts in response to climate and land cover changes. Scientific Reports 10, 19622. DOI: 10.1038/s41598-020-76164-5.
- 林野庁 (2022) 「森林資源の現況」(令和4年3月31日現在)
https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/genkyou/r4/index.html