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日本におけるサンゴ保全再生の現実と課題 

アカデミアから見たネイチャーポジティブ

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日本では、サンゴ礁生態系の保全再生を目的としてサンゴの移植が進められてきた。サンゴの移植とは、サンゴの一部を折り取り、必要であれば養生させた後、新しい場所に植え付け、植物の挿し木のように増やす方法である。他にも、サンゴの幼生を大きく育てた後、海中に移植する方法もある(種苗生産)。 

サンゴ礁生態系を移植により修復しようとする取り組みは、海外では1980年代、日本では1990年代からおこなわれるようになった(大久保・大森 2001)。しかし、サンゴの移植技術の発展や新しい生物学的知見に注目が集まる一方で、高い死亡率や莫大な維持費などの負の側面は十分に議論されてこなかった。実際、我が国ではこれまでに30万群体以上が移植されているにもかかわらず、4年後の生存率は20%未満にとどまる(Okubo 2023)。 

例えば、沖縄県のプロジェクトでは、2010年以降、ミドリイシ属中心に7.9群体以上が移植され、費用は17億円以上に及ぶ。しかし、5年後の死亡率は89.2%に達している。さらに、企業のCSR活動や観光ツアーを通じてサンゴ移植の商業化が進んでいるが、これもサンゴ礁回復の効果を過大評価させる要因となっている。さらに問題なのは、移植事業に関わる研究者の一方的なプレスリリースにより、サンゴ礁生態系の危機が生物学的・工学的方法で克服できるという誤った認識が広まってしまったことである。 

サンゴの移植は、沿岸域の埋め立てや観光開発の際、環境アセスメント法の下での「代償措置」としても利用されている。那覇空港の拡張工事では、165haのサンゴ礁が破壊され、3.7万群体が移植された。石西礁湖(せきせいしょうこ)の航路開発では、2.4万群体が移植された。しかし、5年後には生存率が20%未満のサイトが多数である(Okubo 2023のTable 1)。 

マスメディアもまた、サンゴ移植のポジティブな面を美談として報じ、死亡率や費用面の問題を伝えない傾向があった。特に、2019年に当時の首相がサンゴ移植を「保護策」と認識した発言を機に、この問題は全国的に注目を浴びるようにもなった。しかし、近年になり、科学者の知見をもとにした批判が特に新聞での報道を改善し、移植の限界も徐々に共有されるようになっている。 

保全再生における科学者の役割のひとつは、技術的失敗を認識し、改善策を提案することであるが、日本では政治や利害関係の複雑さから、公共事業の失敗を表立って明言する研究者は少ない。しかも、研究者による科学的成果の過剰なPRが、サンゴの移植を評価するための科学コミュニケーションの質を低下させる要因となっている。さらに、英語論文での発表に偏重する評価体系が、地域活動の成果発信を阻む背景もある(Okubo 2023)。 

将来の教訓として、サンゴの移植は大規模な生態系の再生を達成する手段ではなく、あくまでも補助手段として理解されるべきである。また、移植を「オフセット(代償措置)」として正当化すべきではない。移植を環境教育に用いる際には、生残率や技術的限界を明確に伝える必要がある。移植サンゴが死ぬことを明示して、人為的な自然再生の難しさや、既存のサンゴ礁生態系を保全する大切さを伝えることが重要である(図1)。 

(図1)移植の難しさを正しく伝える重要性

例えば、サンシャイン水族館は、同館のサンゴプロジェクトで沖縄県恩納村の海に移植したサンゴの約8割が高水温の影響で死滅したことを、東京新聞のインタビューで公表している(東京新聞 2025年5月30日 https://www.tokyo-np.co.jp/article/408211)。一方で、あたかも移植したサンゴによって美しいサンゴ礁生態系が復活しているかのように宣伝する企業もある。どちらの企業の方が信頼できると感じるだろうか。環境分野に限らず、近年では不利な情報も積極的に開示する企業の方が、むしろ信頼を得やすい傾向が強まっている。 

今後は、既存のサンゴ礁の保全と同時に、自然にサンゴが加入して生態系が回復するための環境整備(場の再生)に重点を置くべきだ。局所的にサンゴを植えて生態系を大規模に再生することは現実的ではない。また、気候変動や土地利用の問題など、サンゴ礁生態系に負荷を与えている根本的要因の解決が必要である。 

結論として、サンゴ移植は過剰に理想化されるべきではなく、既存のサンゴ礁の保護と持続的利用のための科学的根拠に基づく運用が求められる。政府や事業者は、サンゴ移植の成功の定義を明確にし、長期的影響を予測しながら移植プロジェクトを進めるべきである。また、移植技術の開発は重要だが、それが生態系の復元を保証するものではないことを社会全体が認識する必要がある。 

引用文献

  • 大久保奈弥, & 大森信. (2001). 世界の造礁サンゴの移植レヴュー. 日本サンゴ礁学会誌, 2001(3), 31-40.
  • Okubo, N. (2023). Insights into coral restoration projects in Japan. Ocean & Coastal Management, 232, 106371. https://doi.org/10.1016/j.ocecoaman.2022.106371 

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