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生物多様性を高めるまちづくりは可能か? 

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いま、なぜ生物多様性なのか

生物多様性の損失は、気候変動と並び、人類が依存する自然資源や生態系の機能を損なうリスクとして近年、注目を集めています。2022年に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せるための緊急の行動をとることが2030年のミッションとして掲げられました。この国際的な動向を受け、日本においても2023年に「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定され、長期目標である2050年生物多様性ビジョン「自然と共生する世界」の達成に向け、2030年までに達成すべき短期目標として、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」が掲げられました。

生物多様性は、食料や水の供給、気候の調整、病害の抑制、文化的・精神的な価値など、私たちの暮らしを支える多様な生態系サービスの基盤です。生物多様性が損なわれると、生活の安定や健康、さらには経済活動が脅かされるリスクが高まります。そのため、生物多様性の保全と再生は、環境保全にとどまらず、人と地球の持続可能な未来を築くために不可欠な取り組みと考えられています。

生物多様性と人の健康

緑地や水辺といった自然環境と人の健康に関する研究成果は、近年の疫学研究において一定の蓄積がみられます。たとえば、英国において、約36万人を対象に、約11年間にわたり追跡した大規模な研究では、居住地域における自然環境(緑地、水辺、自然土地被覆)の割合が高い人ほど、精神疾患、特に認知症・精神病・不安障害の発症リスクが低いことが示されています(Liu et al. 2024)。この関連には、いくつかのメカニズムが指摘されており、自然環境が豊かな地域に居住していると、自然の中での散歩や軽い運動など、身体活動が促進されることや、自然にふれることによって心理的ストレスが軽減されることなどが、健康に良い影響をもたらしていると考えられています。

生物多様性と人の健康に関する研究も、近年徐々に増えつつあります。たとえば、居住地域における鳥類の種数の多さが、住民の良好なメンタルヘルスと関連することが報告されています(Methorst 2024)。また、生物多様性を感じることが心理的・身体的回復を介して良好なメンタルヘルスと関連することを報告した研究もあります(Ma & Wu 2025)。さらに、犬との関わりがストレス低下につながっていることが報告されているように(Yoo et al. 2024)、生物との関わりが人の健康に良い影響をもたらす可能性が見えてきています。しかしながら、生物多様性と人の健康に関する知見はまだ限定的であり、多様性が健康と関連しているのか、どのようなメカニズムが働いているのかについては、十分に明らかになっていません。

今後の研究においては、人の健康と関連する生物種の有無やその背景にあるメカニズムを多角的に解明していくことが重要です。こうした視点は、人と自然とのより深い関わりを理解し、人の健康づくりと自然環境の保全を両立させる取り組みの推進を支えると考えられます。

生物多様性を高めるまちづくり

近年、まちづくりの分野でも生物多様性への関心が高まっています。国土交通省が推進する、脱炭素化や自然共生を目指したまちづくりの取り組みである「まちづくりGX(グリーントランスフォーメーション)」においても、生物多様性の確保が重要な柱の一つとされています。とはいえ、生物多様性を高めるまちづくりは可能なのでしょうか。いくつかの研究成果がそのヒントを示しています。たとえば、ブラジル・サンパウロ市内の20の公園を対象とした研究では、水辺がある公園は鳥類の種数が多くなる一方で、高木が密集しすぎると、一部の森林鳥しか住めず、むしろ鳥類の多様性が低下することが報告されています。また、低木や草地があることで、都市では生息が困難な鳥類の種の保全につながることが示されました(Felappi et al. 2024)。さらに、ドイツの農村地域を対象とした研究では、草地のような自然環境に加えて、花畑や農道といった人に管理されている半自然環境が組み合わさることで、野生ミツバチの多様性が高まることが報告されています(Neumüller et al. 2020)。

このように、生物多様性を高めるためには、異なるタイプの自然環境が混在していることが重要である可能性が示唆されています。地域の土地利用を踏まえた上で、さまざまな自然要素を組み合わせることで、地域の生物多様性を維持・向上させる余地があると考えられます。

生物多様性を高めるまちづくりを支援する体制

生物多様性を高めるまちづくりの推進には、企業、行政、研究機関など、さまざまな主体の関与や連携が必要です。それぞれの主体が持つ強みを活かし、協働して取り組む体制の構築が求められます。

企業は、公共空間のみならず、住宅地や商業施設など民有地においても、生物多様性の確保に配慮した空間設計を担う実装主体であり、研究機関や行政と連携しながら、科学的知見に基づく取り組みの推進が期待されます。自社施設や敷地を保有する企業においては、自然要素の導入・管理を通じて、生物多様性の拠点を創出することも期待されます。次に、行政は制度的・政策的な後押しを通じて、まちづくりの方向性を支える役割を果たします。たとえば、生物多様性の確保を目的とした規制やガイドラインの導入は、先進的な取り組みが地域全体に波及していく基盤づくりにつながります。そして、研究機関は科学的な裏付けと知見の提供を通じて、まちづくりを支援する役割を担います。地域環境と生物多様性との関係を調査・分析し、エビデンスに基づいた提案や評価を行うとともに、実装現場と連携しながら、効果の検証や改善提案を行う伴走支援が求められます。特に、生物多様性と人の健康との関連については未解明な部分が多く、多面的かつ慎重な研究の蓄積が重要です。こうした科学的成果は、企業や行政の取り組みの質を高め、社会実装を支える基盤となります。このように、企業による実装、行政による制度整備、研究機関による科学的支援が一体となり、相互に補完し合うことで、生物多様性を高めるまちづくりが推進されると考えられます。

引用文献

  • Felappi, J. F., Sommer, J. H., Falkenberg, T., Terlau, W., & Kötter, T. (2024). Urban park qualities driving visitors mental well-being and wildlife conservation in a Neotropical megacity. Scientific Reports, 14(1). https://doi.org/10.1038/s41598-024-55357-2 
  • Liu, B. P., Huxley, R. R., Schikowski, T., Hu, K. J., Zhao, Q., & Jia, C. X. (2024). Exposure to residential green and blue space and the natural environment is associated with a lower incidence of psychiatric disorders in middle-aged and older adults: findings from the UK Biobank. BMC Med, 22(1), 15. https://doi.org/10.1186/s12916-023-03239-1 
  • Ma, K., & Wu, L. (2025). Perceived biodiversity of public greenspace and mental well-being. Environmental Research, 269, 120878. https://doi.org/10.1016/j.envres.2025.120878 
  • Methorst, J. (2024). Positive relationship between bird diversity and human mental health: an analysis of repeated cross-sectional data. The Lancet Planetary Health, 8(5), e285-e296. https://doi.org/10.1016/s2542-5196(24)00023-8 
  • Neumüller, U., Burger, H., Krausch, S., Blüthgen, N., & Ayasse, M. (2020). Interactions of local habitat type, landscape composition and flower availability moderate wild bee communities. Landscape Ecology, 35(10), 2209-2224. https://doi.org/10.1007/s10980-020-01096-4 
  • Yoo, O., Wu, Y., Han, J. S., & Park, S.-A. (2024). Psychophysiological and emotional effects of human–Dog interactions by activity type: An electroencephalogram study. Plos One, 19(3), e0298384. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0298384

その他関連文献

  • Heitmann, J. B., Mason, B. M., & Callaghan, C. T. (2025). Land Cover and Area Influence Bird Biodiversity in Geographically Isolated Wetlands. Diversity and Distributions, 31(3), Article e70012. https://doi.org/10.1111/ddi.70012 
    人の影響を受けた地域で、人工的に作られた水辺環境は面積が少なくても鳥類種数の増加に貢献するという研究
  • Ockermüller, E., Kratschmer, S., Hainz-Renetzeder, C., Sauberer, N., Meimberg, H., Frank, T., Pascher, K., & Pachinger, B. (2023). Agricultural land-use and landscape composition: Response of wild bee species in relation to their characteristic traits. Agriculture, Ecosystems & Environment, 353, 108540. https://doi.org/https://doi.org/10.1016/j.agee.2023.108540 
    農業集約化による土地利用変化が野生ハナバチ群集に及ぼす影響を、景観構成と生息地要素の観点から評価した研究。半自然環境を維持することで生物多様性損失を抑制しうる。
  • Slawsky, E. D., Hajat, A., Rhew, I. C., Russette, H., Semmens, E. O., Kaufman, J. D., Leary, C. S., & Fitzpatrick, A. L. (2022). Neighborhood greenspace exposure as a protective factor in dementia risk among U.S. adults 75 years or older: a cohort study. Environmental Health, 21(1), 14. https://doi.org/10.1186/s12940-022-00830-6 
    アメリカの高齢者を対象に、周囲に緑地があることと認知症抑制の関連を示した研究。

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