忘れられた土壌生物
私達は身近な自然をどの程度守ったら良いのだろう。身近な自然には大きな価値がある。日々の景観がやすらぎを与えてくれたり、鳥の姿や鳴き声も癒しになったりする。森林浴といって樹木が発するフィトンチッドも人によい影響があることがわかっている。
私達が目にする多くの身近な自然は、長い間にわたって人が改変してきたものである。希少種や、大きな哺乳類や樹木の保全を考えると人が利用をやめて退く場所を増やすほうが良いかもしれない。人の干渉を減らして保護区を面積で増やそうという30 by 30などは、人と自然の棲み分けを意識することで多くの生物を保全しようとしている。
では、生物の保全を考える人で土壌の重要性を理解している人はいったいどれくらい、いるだろうか?
身近な自然であるが、実は多くの人に見落とされているのは土壌である。多様性の面から言うと、土壌にはそもそも地球全体の59%の種が生息している(Anthony et al., 2023)。これは陸上だけでなく、海洋も含めた推定である。したがって、土壌こそが重要な多様性のホットスポットである。

たとえば、熱帯林で地上の節足動物、鳥類、土壌生物を同じ場所で調べると、生物のバイオマスも食物連鎖を流れるエネルギー流も圧倒的に樹木と土壌生物が占めている(Potapov et al., 2024)。熱帯林の地上の節足動物や鳥類は日本では見られない珍しい種であり、温帯の森林に比べると面積当たりの種の多様性が高いが、熱帯林のなかではそれらの動物は多様性の僅かな部分でしかない。
佐渡のトキの保全のために、農薬を使わない水田を増やすことが奨励された。トキはドジョウを初めとして田んぼの水生生物を食べるが、夏の間はミミズをかなりの割合で食べる(Endo and Nagata, 2013)。稲が茂る夏の間はトキにとって田んぼに分け入ることが難しい。表層性のミミズは夏にサイズが大きくなる。田の畦でトキは土壌からくちばしでミミズを引っ張り出して食べる。つまり、トキを保全するには畔の管理が重要である。除草剤を使わずに田の畦の草が茂りすぎないように刈ることでミミズを保全することができ、トキの餌を確保できるのだ。
日本に飛んでくる夏鳥の多くもミミズに依存している。個体数が減少しているとされるゴイサギの仲間のミゾゴイは森林に営巣する。陸貝が主要な餌と考えられていたが、実際にはミミズを多く食べる(環境省, 2016)。したがって、地表から数メートルがヤブ化して、体の大きなミゾゴイが移動できない状態よりは下層植生が適度に少ない、発達した森林の保全が必要である。
農業と生物多様性
人類は森林や草原を大面積に農地に転換してきた。その御蔭で人類では地球で、バイオマスの多い種となっている。たとえば、人類は陸上の野生哺乳類の20倍。そして、家畜は人のおよそ1.6倍いるのだ(Greenspoon et al., 2023)。この惑星は人類と人類が食べる哺乳類が優占する星となってしまったのだ。
生物の保全の立場からすると、農業をやめて保護区にするか、さらには農薬をやめて有機農業にするかといった議論になる。これまでの歴史の中で急増してきた人口は、近い将来頭打ちになるだろうと云われている。そうなると、一定のところで必要な農地も頭打ちになる。保護区を増やすだけで本当に良いのだろうか?実は、農地でも土壌の生物多様性は軽視され、農業の近代化の中で劣化してきた。
土壌の生物多様性には大きな意味がある。地上の生物にとって土壌はかかせない。いわずもがな、植物は基本的に土壌から栄養塩類を吸収し、光合成を行っている。熱帯に限らず植食者が緑の陸上植物を食べる割合はせいぜい1割である。植物の体のほとんどは食べられずにやがて枯れて土に戻り、分解され栄養塩類が再利用される。地上では植物を直接食べるものより、落ち葉や根に依存する生物のほうがはるかに多い。

さらに、捕食性の動物は地上の植食者だけを食べているのではない。土壌性の動物は地上動物の主要な餌である。モグラのように土壌動物を専門に食べるものもいるが、地上に出てくるミミズや羽化して地上に飛び出す昆虫も地上で食べられる。
量的な関係を見ると、温帯でも地上に1の重さの動物がいるとすると地下におよそ10の動物がいる。これはセンチュウからミミズまでを含めた値である。さらに、微生物の体重を合わせるとその10倍はいる。植物の体の半分は地下にあり、わたしたちの目には見えないが、陸上生態系の物質循環の9割は土壌を通っている。

農地では土壌生物は激減している。土を耕すことは農業の基本のように思われているが、土壌生物の立場から考えると、自然界では滅多に起きない強度の撹乱が少なくとも半年に一度起こるのが農地だ。それに加えて、農薬や化学肥料が散布され、栽培される作物はたいてい1種類しかない。これを土壌以外の生物の生息場所に当てはめてみてほしい。たとえば、森林で伐採しないとしても半年に一度、樹木を大型機械で激しくゆすり、農薬を散布したとしたら、どれくらいの生物がそこに住み着くだろうか?
現在、(日本以外では)急速に耕うんしない農業が拡大している。耕さないほうがいいと云うと、農業関係者には評判が悪いが、世界は環境保全型農業(Regenerative Agriculture)に転換しつつある(Newton et al., 2020)。そうしないといけないくらい、土壌が劣化したというのが転換の大きな理由である。
耕すと土壌団粒が壊れ、土が目詰まりし、保水性や排水性が悪くなる。さらに土壌の有機物の分解が促進され、有機物が減少する。有機物の少ない土壌は団粒ができにくく、肥料分を保持する能力が低下する。土壌が固くなるのでますます耕すことが必要となり、肥料の使用量を増やすことになる。化学肥料のおよそ半分は農地から流れ出て、地下水や河川の富栄養化を引き起こす。
環境保全型農業は耕うんをなるべくせず、土壌本来の仕組みを取り戻そうというものだが、その内容は様々であり、効果が疑わしい管理もある。多くの研究が行われているが、現在はやや混乱気味である。

農法の転換によって土壌がよくなるのは、土壌生物の多様性や数量が多くなるからである。これまで農業では土壌生物の多様性を保全することが行われてこなかったが、土壌の生物多様性保全こそが農業の持続可能性を高めるためにかかせない。身近だが忘れられてきた自然の再評価が始まっている。
さらに考えると、食は誰もが欠くことのできないものである。生物の保全を大切に考えるのなら、土壌の保全が可能な農業を支援し、そこから得られた食物を食べるべきだろう。遠く住む希少な生物の保全に思いを寄せる前に、守るべき生き物があなたの足元にいる。
参考文献
- Anthony, M.A., Bender, S.F., Heijden, M.G.A. van der, 2023. Enumerating soil biodiversity. Proceedings of the National Academy of Sciences 120, e2304663120. doi:10.1073/PNAS.2304663120
- Endo, C., Nagata, H., 2013. Seasonal changes of foraging habitats and prey species in the Japanese Crested Ibis Nipponia nippon reintroduced on Sado Island, Japan. Bird Conservation International 23, 445–453. doi:10.1017/S0959270912000457
- 環境省, 2016. ミゾゴイ保護の進め方 .
https://www.env.go.jp/content/900506754.pdf - Greenspoon, L., Krieger, E., Sender, R., Rosenberg, Y., Bar-On, Y.M., Moran, U., Antman, T., Meiri, S., Roll, U., Noor, E., Milo, R., 2023. The global biomass of wild mammals. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 120. doi:10.1073/PNAS.2204892120/-/DCSUPPLEMENTAL
- Newton, P., Civita, N., Frankel-Goldwater, L., Bartel, K., Johns, C., 2020. What Is Regenerative Agriculture? A Review of Scholar and Practitioner Definitions Based on Processes and Outcomes. Frontiers in Sustainable Food Systems 4, 1–11. doi:10.3389/fsufs.2020.577723
- Potapov, A.M., Drescher, J., Darras, K., Wenzel, A., Janotta, N., Nazarreta, R., Kasmiatun, Laurent, V., Mawan, A., Utari, E.H., Pollierer, M.M., Rembold, K., Widyastuti, R., Buchori, D., Hidayat, P., Turner, E., Grass, I., Westphal, C., Tscharntke, T., Scheu, S., 2024. Rainforest transformation reallocates energy from green to brown food webs. Nature. doi:10.1038/s41586-024-07083-y
- 金子信博(2023)『ミミズの農業改革』みすず書房