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生物多様性クレジットとオフセット:なぜ失敗するのか、そして成功させるための設計

ネイチャーポジティブセミナー抄録

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生物多様性クレジットとオフセット:なぜ失敗するか、そして成功させるための設計―Biodiversity credits and offsets: on design, success, and failureフィンランド大使館におけるアッテ・モイラネン博士の講演から

本記事は、2025年10月30日にフィンランド大使館で開催されたイベントにて、アッテ・モイラネン (Atte Moilanen) 博士が生物多様性クレジットとオフセットについて行った講演を元に、NPJ編集部が執筆したものです。

フィンランド大使館で講演するシンク・ネイチャー最高科学責任者アッテ・モイラネン博士

基本コンセプトの整理

生物多様性クレジットやオフセットといった用語は近年頻繁に用いられていますが、その定義は必ずしも統一されておらず、人によって解釈が分かれることも少なくありません。ここでは、以下のように定義することにします。生物多様性クレジットとは、自然環境に配慮した活動の結果として生み出される、定量的な生態学的便益(ゲイン)を指します。対して、生物多様性オフセットは人間活動により発生した生態系への損失に対し、自然環境に配慮した活動施策によって損失を補填することを意味します。

関連する概念として、ノーネットロス(NNL)およびネットポジティブインパクト(NPI)が挙げられます。これらは、生物多様性の損失とゲインの厳密な定量化の下で評価される概念です。NNLは損失がゲインによって完全に相殺される状態、NPIは損失を上回るゲインが生じている状態を示します。重要なのは、これらの評価が定性的ではなく、定量的に測定・評価されるべきものであるという点です。

ミティゲーションヒエラルキー

生物多様性クレジットやオフセットを議論する際に不可欠なのが、ミティゲーションヒエラルキーの考え方です。これはロスを最小限にとどめ、ポジティブ転換を図るための4段階のステップで構成されています。

  1. インパクトの回避:生態学的に重要な地域での事業活動そのものを避ける
  2. インパクトの最小化:空間設計や技術を活用し、影響を緩和する
  3. 復元による緩和:同地域内での生態系復元によって損失を緩和する
  4. オフセット:同地域内では補いきれないロスに対し、他地域での保全・復元活動で代償する

効果的な回避と緩和策

生態系復元やオフセットはネイチャーポジティブの実現に不可欠ですが、損失の回避や最小化も同様に重要です。特に、生物多様性は空間的な変異が大きいため、インパクトの回避が最も有効な手段となる場合が多いです。これは、自然環境は、壊すのは容易でも、再生するのは非常に困難であるためです。インパクト回避のためには、生態系や自然資本の空間データを用いた精緻なプランニングが求められます。モイラネン博士が開発した空間計画ツール「Zonation」などは、こうした計画に活用されています。このほかの技術的な回避・緩和策としては、騒音・汚染・光害などを低減する技術が挙げられます。

具体例として、モイラネン博士は、フィンランドで鉱山開発をめぐるインパクト回避の提案を行った経験があります。この分析では、生息地データを基に、生態系損失を定量化し、損失を事前に把握したうえで、重大な損失を回避しつつ影響を最小化する設置案を提示しました。これは、客観的データと科学技術が生み出した知見が、実際に企業活動に採用された事例です。

既存アプローチの課題

ネイチャーポジティブの実現に向けて、さまざまな指標や分析アプローチが提案されてきました。事業者にとっては、アクロニム(略語)の多さに困惑することも多いでしょう。しかし、個々のアプローチには制約や限界があるため、自らの事業内容に即した判断が不可欠です。

例えば、STAR指標は、グローバルスケールで生物多様性への脅威の低減と生息地復元を評価する指標とされています。この指標は、IUCNが提供する希少種のレンジマップ(生物分布の外側を囲った地図)に基づいて構築されています。こうしたレンジマップは、専門家の主観に基づくデータであり、解像度が粗いことが弱点です。

レンジマップ(IUCN等で使用)と種分布モデリングSDMの比較。解像度の粗いレンジマップに比べ、シンク・ネイチャーが実施する種分布モデリングに基づくデータは、生息適性度が連続値で評価され、空間解像度も高い。

STAR指標は、その名前(Species Threat Abatement and Restoration:種への脅威低減と生息地復元)が示すように、ローカルな復元施策の意思決定(プランニング)に用いることができる指標であるとされています。しかし、こうした粗いデータに基づくグローバルな統一指標を用いているため、実態としては粗い地域レベルでの保全重要度評価にとどまっています。モイラネン博士は、より具体的に、生息地復元のための指標としては、以下のような不足点があると主張します。

  • 局所的な復元に適した地点の特定ができない
  • 局所的なハビタットコネクティビティが反映されていない
  • 国内での重要度が十分に考慮されていない
  • 実際にはより高品質な国レベルのデータが利用可能
  • 費用対効果の観点での優先順位付けができない
  • 局所で好ましい保全機会についての評価が困難

そのほか、KBA(Key Biodiversity Area)指標も広く用いられています。これも、生物多様性の観点で重要なエリアを特定するための指標ですが、地域的な偏りも大きく、対象から漏れている生物多様性重要地域も多くあるといった問題点が指摘されています。KBAが開発等の人為的活動を避けるべき場所を示しているのは事実ですが、ネガティブインパクトの緩和やポジティブアクションの実践まで含めた包括的な保全戦略を描くには十分とはいえません。

KBAのような、ある場所が重要か非重要かという二値的な評価は、保全上の優先地域の特定のための情報として不十分。また、KBAは先進国に多く、熱帯の生物多様性が高い地域には少ないという問題もある。シンク・ネイチャーが提供する、Zonationに基づく保全優先度レイヤーは、すべての地域を生物多様性のかけがえのなさという観点でランク化しており、あらゆる拠点が連続的に評価可能。

一定以上の開発に対して10%のネットゲインを要求するイギリスのUKBNGについても、要件を詳細に読み解くと、問題点が浮かび上がります。一つには、間接的なインパクト(例:騒音、粉塵、汚染物質排出など)への対応が想定されておらず、損失が過小評価になる傾向があります。また、ロスとゲインの時間スケールの調整が明示されていないため、永続的なロスが一時的なゲインで補填される設計となっています。加えて、生息地の状態定義が大まか(カテゴリカル)であるため、評価が階段的となり、同じ状態クラス内での損失が許容されてしまうリスクがあります。その結果、実際には生息地が劣化しているのに、それが計上されずに、補填されないという事態も生じかねません。さらに、最も保全効果の高いアクションの一つとされている保護区の設置による生物多様性ゲインについては触れられていません。現行の内容を額面通り解釈すると、ネットロスを許容してしまうリスクがあると言わざるを得ません。

図4 UK BNGの問題の一つ:連続的現象の不必要な離散化
図4 UK BNGの問題の一つ:連続的現象の不必要な離散化
図4 UK BNGの問題の一つ:連続的現象の不必要な離散化
図4 UK BNGの問題の一つ:連続的現象の不必要な離散化

このように、様々な略称に象徴される既存アプローチは完ぺきなものではなく、単一の指標のみに依存した評価では、特定の生物群に偏りが生じたり、有用な高解像度データが生かされなかったり、意図せぬアーティファクトによって成果の妥当性や費用対効果が損なわれるリスクがあります。本質的で効果的なアクションを選択するためには、複数の情報源と指標を組み合わせ、総合的に評価・判断することが不可欠です。

自然配慮型アクションの体系化

ネイチャーポジティブを実現するためには、多様な自然配慮型アクションを体系的に整理して理解しておくことが役立ちます。自然配慮型アクションは、施策立案や情報収集を含む準備段階に関するアクションと、現場で実行される実践アクションに大別できます。

自然配慮型アクションの体系化

さらに、実践アクションは「しないアクション」と「するアクション」の二つの視点で整理できます。「しないアクション」とは、インパクトの回避に相当し、特定の場所での行動を控えることでネガティブインパクトの発生を未然に防ぐものです。一方、「するアクション」には、エリアベースの保全策と、生態系の維持・回復管理が含まれます。前者の代表的な例は保護区の設置です。生態系の維持・回復では、劣化した生息地の修復や、半自然的な草地のような環境を人的管理によって維持する施策など、多様な選択肢が考えられます。

このような体系的な分類は、個々のアクションの特徴や効果を深く理解する上で有用であり、現場レベルでのアクションの位置づけ把握や、複数アクションを組み合わせた効果的な戦略立案にもつながります。一方で、それぞれのアクションによって、生み出すゲインの規模や創出メカニズムが異なるため、個々に対応した定量的なゲイン評価が不可欠です。

クレジット創出のためのゲイン定量

生物多様性ゲインは、クレジット創出、オフセット、そしてボランタリーな活動を通じて創出することができます。重要な点は、ゲインの大きさは活動の意図や目的によってではなく、その活動内容によって決まるという点です。

生物多様性クレジットの創出やオフセット設計においては、ゲインの定量化が必須です。ゲインの定量化の中核となるのが「レスポンス関数」です。これは特定のアクションを一定の面積で実施した場合、その施策がどれくらいの自然環境の改善(ゲイン)を、どの程度の時間スケールで実現できるかを数値的に示す関数です。​

例えば、生態系の状態を0(最低)から100%(最高)までの数値で表す場合、現在の状態が0で、アクションにより40%まで改善すると仮定します。ここで重要なのは「40%までの到達期間」です。これが10年後なのか、あるいは100年後なのかで、評価すべきゲインの意味合いが大きく異なります。

実務においてアクションによる生物多様性ゲインの定量化のためには、評価期間を設定することが非常に重要です(評価期間:Evaluation time Te)。UKBNGにおいては、評価期間として30年が設定されています。

ファイナンスと同様に、ゲイン創出を定量する場合その時間軸が重要
ファイナンスと同様に、ゲイン創出を定量する場合その時間軸が重要

また、評価対象とする時間枠も重要な要素です。アクションから75年後に40%の状態が達成されるとして、どの時点の状態をゲインとして評価すべきでしょうか?アクション直後は、達成できているゲインはほぼ0であることが多いでしょう(生態系はすぐには回復しないので)。反対に、長期で見積もる場合には、ゲインの見積に生態学的・社会的な不確実性が多く含まれることになります。例えば、フィンランドの森林は裸地から老齢林に回復するまでに200年以上要するとも言われています。200年後のゲインに対する生態学的推論が正しかったとしても、200年以上先の将来価値を元に、現在の合意形成を図るのは困難なことが多いでしょう。

皆伐採地の森林が再生するのに200年以上を要する
皆伐採地の森林が再生するのに200年以上を要する

よって、その中間の状態を推計してゲインを定量化することになります。例えば、75年後に40%のゲインが得られる場合、その推移を直線的と仮定すると30年後のゲインは約20%程度になります。さらに、20%に達するのは30年時点なので、それまでの期間の平均ゲインはさらに低い値(10%程度)となります。これが意味するのは、多くのケースで「永続的損失のNNL化やポジティブ転換」には、損失面積以上の広範な活動が必要になるということです。

時間経過に伴う平均ゲインTe​は終点ゲインの約50%に過ぎない
時間経過に伴う平均ゲインTe​は終点ゲインの約50%に過ぎない

レスポンス関数の形や最終到達点はアクションによって多様であり、どのアクションが最適かは費用対効果を含めて決定する必要があります。例えば、生態系全体で見れば効果が限定的な野鳥の巣箱の設置なども、費用とのバランスを含めると合理的な選択肢となり得ます。このように、レスポンス関数を定義することで、いつ、どのアクションが、どの程度のゲインをもたらすかが定量化され、アクション間での費用対効果を含めた比較が可能となります。

ネイチャーポジティブには様々なアクションがあり、ファイナンスにおける様々な投資に応じた
リターンの違いと同様に、それぞれインパクトが異なる。
ネイチャーポジティブには様々なアクションがあり、ファイナンスにおける様々な投資に応じた
リターンの違いと同様に、それぞれインパクトが異なる。

生物多様性オフセットの論点

生物多様性オフセットには、喪失した生態系を同種の生息地復元によって補うin-kindオフセットと、質の異なる生息地で代替するout-of-kindオフセットがあります。理論的にはin-kindが望ましいと言えますが、厳密に同質の生息地というものは存在しません。ですので、「同質の生息地」の定義には主観が介入せざるを得ません。本質的に重要なことは、生物多様性のロスとゲインを同じ単位と時間軸で定量化し比較することであり、オフセットのデザインや活動内容に関する仕様書を見比べることではないということです。

生物多様性オフセットにおけるロスとゲインの会計

オフセット(及びクレジット)の設計には、①目的・目標、②生物多様性、③空間スケール、④時間スケール、⑤アクション内容の5つの観点が必要です。それぞれをどう定義するかにより、実現可能性やコストなどが変わります。詳細な意思決定プロセスについては、(Moilanen & Koitaho 2018 [1]) やコンセプトノートを参照してください。ロスとゲインのバランスを取るには、影響範囲、生態系の状態、影響の強度から損失を見積もる必要があります。それから、自然配慮型アクションの範囲・効果量、効果を損なわせる要因(追加性・リーケージ・時間的遅延・不確実性など)を考慮し、ロスを補うために必要な活動内容と面積を見積もることとなります。

テイク・ホーム・メッセージ

自然環境はきわめて複雑です。自然に関する十分な情報を得た上で、システムを適切に単純化して捉えることが、誠実で費用対効果の高いネイチャーポジティブアクションの実装のカギとなります。

  1. Moilanen, A., & Kotiaho, J. S. (2018). Fifteen operationally important decisions in the planning of biodiversity offsets. Biological conservation, 227, 112-120. https://doi.org/10.1016/j.biocon.2018.09.002 ↩︎

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