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「アイスランドで蚊発見」のニュースを深掘りする

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これまで蚊が生息しないとされていたアイスランドで3匹の蚊が発見された、というニュースが話題です。多くの記事では、この新たな記録を気候変動と結びつける記事が目立ちます。しかし、実際にはこうした記述には注意が必要です。

ヒトスジシマカ分布拡大の歴史:ヒト・モノの移動が主要因

本来の生息地外に分布を拡大している蚊の代表例は、ヒトスジシマカ Aedes albopictus です。デング熱やジカ熱などさまざまな感染症を媒介し、世界の侵略的外来種ワースト100にも含まれるこの種は、1980年代以降世界中に分布を広げ、公衆衛生上の問題となっています (Bonizzoni et al. 2013)。

本来は日本を含む東アジアに生息していた本種の分布拡大には、国際的な貿易の活発化が影響しているとされています。例えばアフリカでの最初の記録は1989年であり、これは日本から輸入された中古タイヤが原因でした。現在ではイタリア、スペインなどを中心としたヨーロッパ、アメリカの少なくとも26の州、ブラジル、オーストラリアといった世界のあらゆる地域に定着しています。

以下の図は、ヒトスジシマカの生息に適した場所を、気候条件を用いて予測した地図です (Kamel et al. 2018; 画像はCC-BYライセンス)。この図が示すように、定着が確認されている場所の多くは、気候的に本種の生息に適した地域であることが分かります。

気候変動は本種の分布域拡大に貢献すると考えられていますが、実際にはその効果は限定的であることも予測されています。下図は、RCP6.0(2100年までに平均2.2℃の気温上昇)シナリオ下での2050年のヒトスジシマカの生息適性度予測です(同文献、図はCC-BYライセンス)。グローバルスケールで見れば、現在の気候下での適地と大幅な変化がないことが分かります。

今後もヒトスジシマカの分布域は拡大することが予測されます。これまで分布していなかった場所で、より気候が温暖になれば、定着のリスクは高まることは間違いありません。しかし、これまで紹介した研究が示す通り、実際には、物流の拡大による個体の流入機会の増加が、主たる要因になると考えられます(こうした現象を、propagule pressureの増大といいます)。

本質をとらえることが重要:気候変動は主要因か?

外来種の新たな記録を直ちに気候変動と結びつける発想は、対策の本質を見誤ることにつながります。

実際、今回新たなにアイスランドで記録されたCuliseta annulataは、イギリスの全域を含む多くの寒冷な地域に分布しており、寒冷な気候下での生存が可能な種です(以下を参照 https://www.ecdc.europa.eu/en/publications-data/culiseta-annulata-current-known-distribution-october-2023)。アイスランドはヨーロッパ各国とのつながりが深いことから、ヨーロッパに生息する種が、物流を通じてたどり着く可能性はもともと高い国であると言えます。

さらに興味深いことに、上記の図を見るとわかるように、アイスランドは現在の気候下でのヒトスジシマカの生息可能域でもあります。したがって、今後ヒトスジシマカが何らかの理由で持ち込まれた場合には、気候変動に関係なく、個体群定着がありえる地域です。

蚊の生物地理学研究によると、カ科Culicidaeの半数が固有種、つまりある国にのみ生息する種であることが知られています (Foley et al. 2007)。こうした事実からも、歴史的には長距離の分散・分布拡大が制限されてきた分類群であることがわかります。したがって、人間による長距離かつ大規模な物流は、コンテナや輸入品を媒介して、これまで蚊が行うことができなかった長距離分散の機会を生み「環境としては生息に適した場所でありながらこれまで種が到達することがなかった」多くの場所に個体群をもたらすことになります。

こうした知見を総合すると、蚊のような外来昆虫にとって、気候変動は本来の分布域外の生き残りやすさを高める効果はあるにせよ、それは物流の効果を上回るほどではない可能性が高い、といえるのです。

外来種定着・防除の包括的概念モデル

ある場所にもたらされた外来種が定着し、さらに生息域を拡大できるかは、どれだけの個体がどれだけの頻度で、どれだけ生存・繁殖に適した場所にたどり着くかによって決まります。こうした外来種定着研究には長い歴史があります。

持ち込まれた外来種の個体群サイズ(個体数)とその定着率の間には、アリー効果という古典的に知られている関係があります。これは、そこにいる個体数が少なければ、それだけその個体群は維持されにくいという効果です (Tobin et al. 2011)。多くの外来種防除手法(個体の駆除、繁殖の妨害、捕食者の導入、コロニーの破壊)は、このコンセプトに基づいて整理できます(下図、Liebhold and Tobin 2008を参考に作成)。個体数を、個体群が生存できるAllee閾値以下に抑える介入(個体の駆除など)は、直ちに効果を発揮します。一方で、現状の個体数以上にAllee閾値を押し上げる介入(天敵の導入や繁殖の妨害)は、個体の生存・繁殖に不利な状態を維持することで、個体群を絶滅に向かわせることができます。

種の新たな地域での定着に影響するのは、こうした個体群動態です。このような概念モデルからも、定着の初期では、個体群サイズがAllee閾値を超えないための最前線での駆除が最も効果的であるということがわかります。

このように、外来種の定着とそれに対抗する防除は、科学的知見によって概念的に整理でき、さらにデータに基づいた評価を通じて、「何が本当に重要か」を知ることが可能になります。

参考文献

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