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1. 序論:なぜ都市で生物多様性を再生するのか
本来の自然の多くが失われた都市においても、緑地のような、生物が暮らす環境は私たちに様々な恩恵をもたらしています。例えば、都市に緑や水場があることは、騒音の抑制や、都市部の温度調節、空気の浄化に貢献しています。また緑地は私たちに精神的な安らぎも与えてくれます。このような恩恵は、人間が自然や生態系から受け取る様々な恩恵「生態系サービス」の一部であり、樹木や鳥、昆虫などの生物が持つ機能によって支えられています。したがって、そこに暮らす生息地が劣化すれば、こうした機能も十分でなくなります。逆に、生き物が暮らせる場所がたくさんあり、生態系が健全=暮らす生き物が元気であれば、こうした機能も高くなることが考えられます。
私たちは、より良い暮らしのために都市を作り、その過程で人間の社会経済的活動に即した形に環境を改変してきました。その結果、自然が本来保有する機能は低下した状態にあります。こうした生態系の劣化は、私たちの暮らしの質にも影響を及ぼしています。都市部が異常に高温化する「ヒートアイランド現象」はその一例です。これに対して、自然環境を残したり、再生させたりした緑地の周りでは、気温の上昇が緩和されることが知られています。このように、人が暮らす環境の中で、生き物の生息場所を奪うのではなく、逆に生き物が住みやすい都市をつくることは、私たちの暮らしの質をより良くすることに貢献します。
1.1. 都市部での自然再生アクションのポテンシャル
世界経済の中心を占める都市は、多くが中緯度の温帯で水が豊かな地域に集中しています。こうした地域は、生物多様性が非常に高く、都市には多くの希少な生物が生息しています。しかし、人間活動が集中する都市部は、自然環境の破壊が進み、多くの動植物が生息地消失の脅威を受けている地域でもあります。このことは裏を返せば、自然再生を行った場合に恩恵を受ける生物種が多いことを意味しています。したがって都市部は、緑地の創出などにより、生物の絶滅リスクを減少させるアクションを効率よく行えるポテンシャルが高いといえるのです。
また、都市における緑地環境の気候変動対策への貢献も、近年の研究で取り上げられています [1]。植生による蒸発散による局所スケールの高温抑制や、炭素貯留による温室効果ガス排出削減といった形で、気候変動抑止・適応に貢献するという指摘があります。このように、都市の環境を改善し、生物にとって望ましい環境を増やすことは、それぞれのアクションが局所的・小規模なスケールであったとしても、グローバルスケールでの地球環境の改善に資する可能性を持っているといえます。
1.2. アクションは始まっている
自然がもたらす恩恵(生態系サービス)を都市に利用し、より持続可能な社会へ還元する「グリーンインフラ」という考えは、すでに多くの都市開発に取り入れられています。 例えば、生物多様性に配慮した都市開発や宅地における外構計画時の植栽といった不動産業界のアクションが代表的です。このような活動は、都市の生物多様性保全・回復に貢献をしていることが明らかになっています。こうした個社の活動が「コレクティブ・アクション」として発展することで、さらなる効果の拡大が期待されます(Box 1)。
各住宅メーカーによる在来樹種に着目した都市緑化への取り組みによる生物多様性保全効果のシナジーについて評価した事例。 旭化成ホームズでは樹木の階層構造を意識した植栽、積水ハウスは生態系に配慮し地域の気候風土にあった在来種を中心に植栽する「5本の樹」計画、大和ハウス工業では、多様な用途の不動産に50%以上の在来種を植栽して地域の生態系ネットワークに配慮する「みどりをつなごう!」をコンセプトとする取組を実施している。これらの植栽コンセプトを⽣態学的に解釈すると、旭化成ホームズの「まちもり」は野⽣⽣物の休息・採餌場所の再⽣、積⽔ハウスの「5本の樹」計画は野⽣⽣物の餌資源の再⽣、⼤和ハウス⼯業の「緑をつなごう」はランドスケープレベルの野⽣⽣物のハビタット再⽣に貢献する。このように、在来種の植栽に着目した3社の特徴ある取組によって、生物多様性の多面的な要素を効果的に再生していることや、コレクティブな生物多様性再生アクションによって植栽樹種の多様性が向上していることがわかった。 ![]() 出典:積水ハウスHP |
1.3. 不動産事業者にとってのメリット
都市の魅力を高めることは、不動産・ディベロッパーにとっての死活問題です。それでは、都市の緑に投資を行うことは、どれだけ意味があるのでしょうか。緑化による微気候の調整(涼しくなる効果)や、空気の質の改善、騒音の抑制、美的価値といった効果は実証的なエビデンスが存在します(例えば [2])。さらに、都市部の緑が豊かな場所は実際に魅力的であることも、都市公園の周辺では地価が高くなるといった研究結果によって裏付けられています(例えば[3])。このように、都市部における緑地の創出に投資することが、経済的な恩恵に繋がるのです(Box 2)。
緑地に近い宅地は、地価が高くなることが既存の研究で示されている。この事実を元にすれば、マンションのような大規模な開発において緑地を導入することが、周囲の自社物件の価値向上にも波及することが期待できる。また、既に存在するマンション緑地は、周囲の物件の価値に波及していると考えられ、こうした観点で緑地の価値を定量化することは、自社の自然資本の価値を知ることに繋がる。 ![]() |
以下の段落では、シンク・ネイチャーがこうした都市の自然再生を評価するために開発したサービスを紹介します。このサービスは、緑地における自然再生アクションのうち、在来種を植栽する、というアクションにフォーカスした定量評価を実現しています。はじめに関連する生態学上の概念を概説し、アルゴリズムの概要、用いるデータを説明します。さらに、目的に応じた定量評価値の解釈を解説します。それらを踏まえた上で、都市の植栽設計のための応用システム「植栽樹種選択システム」を紹介します。
2. 都市の自然再生を評価するための生態学的な基礎概念
2.1. 生物多様性とは – 階層性に基づく理解
生物多様性とは、様々な生物が持つ遺伝・構造・機能の変異すべてを包含する概念です。これらは数億年もの歳月を超えて形成されたものです。私たちが目にする生物種の形、色、声などの違いは、こうした生物の進化の歴史を反映しています。近所の森や海、川といったローカルな生物多様性(アルファ多様性と呼ばれます)を左右するのは、局所的な環境だけではありません。大陸の移動や数千万年スケールの気候変動といった、より広い地域に影響を持つ要因も局所に成立する生物相を左右します。場所ごとに異なる種組成の違い(ベータ多様性と呼ばれます)と、局所の多様性が合わさって、広域~世界全体の生物多様性(ガンマ多様性と呼ばれます)が構成されているのです(Box 3)。
生物多様性の損失も、この階層に沿って生じます。人為的な土地や海域の改変などが希少種の生息環境を劣化させることによって、局所的な個体群の喪失が生じます(局所絶滅、アルファ多様性の喪失)。それによって個体数の多い優占種の割合が増加し、種組成が単純化します(ベータ多様性の喪失)。この地域的な個体群の喪失がより広いスケールで進行することで種の絶滅がグローバルな規模で進展するのです(ガンマ多様性の喪失)。裏を返せば、地域ごとの生態系保全活動が、全体の生物多様性へ影響・波及します。地域ごとの生物多様性の損失は地球全体の生物多様性損失に繋がりますが、逆に地域ごとの保全活動が地球全体の保全活動にもつながります。実効性のある保全再生活動を行う上では、こういった表裏一体の関係や生物多様性の階層性を認識することが不可欠です。
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2.2. フードウェブ – 餌資源としての樹木
樹木を植えることは、周囲の生物にどんな利益をもたらすでしょうか?一つは、餌資源です。鳥は樹木に成る実を食べ、蝶は花の蜜を吸い、その幼虫は葉を食べて成長します。こうした光景は、緑地でふつうにみられるものです。こうした食べる-食べられるの関係を表現した概念がフードウェブです(生物の「ニッチ」とよばれる生活条件のうち、エルトニアンニッチとも呼ばれます)。餌として利用できる資源を提供する樹木が豊富に存在するほど、それらを食べる種は大きな恩恵を受けることになります。
2.3. アレニウスの法則 – 木を植えると生き物が増える
もう一つの恩恵は、生息地面積(生きるための資源を得られる面積)が増えることです。樹木をすみかにする生物にとって、木が植えられることは、新たな生息地を得ることを意味します。一般に、ある環境に生息する種数と生息地面積の関係は、対数グラフ上では比例関係にあることが知られています(Box 4)。したがって、植栽によって樹木が占める面積が都市の中に増えることで、理論上存在できる種の数が増加することになるのです。
2.4. 空間的個体群ダイナミクス – 種が増えるメカニズム
こうした恩恵がどのように生物多様性の再生に寄与するかを理解する上では、資源量に依存する個体群の動態を考えることが有用です。ある種が特定の地域に生息できるかどうかは、その種に適した資源(食物や巣作りの場所など)の密度によって決まります。食物が広範囲に散らばって少なすぎる場合、その地域の個体数は死滅率を上回る繁殖率を維持できず、その種は地域的に絶滅してしまいます。種によって利用できる資源は異なりますが、基本原則は同じです。例えば、多くの種類の資源を利用できる「汎用種(ジェネラリスト)」と、特定の資源に依存する「専門種(スペシャリスト)」では、生存のしやすさが異なります。特定の樹木に依存するチョウなどは、その樹木が減少すれば生存が難しくなります。こうした議論は、1960年代にMacArthurとWilsonが提唱した「島の生物地理学理論 [4]」や、1990年代にIlkka Hanskiが発展させた「メタ個体群理論 [5]」に基づいています。
在来種が本来分布する自然環境(自然林など)では、餌資源は豊富に存在し、多くの種が存続の閾値を超えることになりますが、都市のような環境では、種によっては閾値を下回るだけの資源量しか存在していないでしょう。都市や郊外で在来樹木を植えると、資源の総量と密度が増加します。その結果、それらの樹木を利用する生物の個体数が増えます。さらに、十分な数の樹木が植えられると、かつて地域で絶滅した種が戻ってくる可能性もあります。これは、資源密度がその種の存続閾値を超えたことを意味します。このように、在来樹木という資源を増やすことが、個体数、および種数の増加(=生物多様性の再生)に貢献するのです。
2.5. マクロ生態学的視点- 局所から大局へ
こうしたメタ個体群ダイナミクスを、再生アクションの実効性と結びつけて理解するためには、本章の最初に述べた生物多様性の階層性の観点が有効です。ある場所の植栽によって恩恵を受ける種の豊富さは、局所的な生物多様性あるいはアルファ多様性の増加ととらえられます。一方、植栽アクションを様々なロケーションで行うことを考えた場合、場所ごとに異なる種に恩恵を与えられる植栽を行うことにより、限られた植栽面積の中で「恩恵を受ける総種数」を増やすことができます。これは、場所間の種組成の違い、あるいはベータ多様性が高い植栽アクションを目指すという観点です。このように、その地域にもともと生息している在来種がより多くカバーされることは、生き物同士のネットワークを再生し、ひいては生態系の安定性を高めることに寄与します。これは、地域の生物多様性全体、あるいはガンマ多様性レベルでの恩恵といえます。このように、局所的なアクションを、大局的なアウトカムを想定して計画することで、自然再生アクションの実効性・費用対効果を高めることができるのです。都市における大規模な植栽プロジェクトであれば、地域の森林性の生息地を10%程度回復させることも可能であり、こうしたマクロな視点は、プロジェクトの規模が大きくなるほどにますます重要になるといえます。
2.6. サロゲート:効果をどのように測定するか
特定の生物種や生物群(時には生息地タイプや環境要因)を生物多様性全体の代表として用いることを、サロゲート(代理指標)による評価と呼びます。生物多様性をすべて測定することは原理的に不可能であるため、生物多様性の再生効果を定量化するためには、何らかのサロゲートを設計する必要があります。
2.7. 絶滅負債・移入ラグ・確率性
植栽により地域の生物が恩恵を与えうることが期待される場合、その効果を定量化するのに適切な方法はどのようなものでしょうか?第一に、実際に増えた個体数、種数をカウントすることが考えられます。しかし、この方法は実際にはうまく機能しません。その理由が、絶滅負債、移入ラグ、個体群動態の確率性です。
生息環境が変化した場合、その影響が現れるまでには時間差が生じることがあります。例えば、森林が失われて分断されると、「絶滅負債」と呼ばれる現象が発生します。これは、資源密度が生存可能な閾値を下回ったものの、最後に残った個体群がすぐには絶滅せず、数年から数十年の時間をかけて消滅していくことを意味します。
逆に、新たに緑地を増やした場合、地域的に絶滅した種が戻ってくるまでには時間がかかります。この時間を「移入ラグ」と呼びます。その長さは、他の地域に残っている個体群(分散源)の距離や状況に左右されます。そのため、新しい緑地の効果が現れるには時間がかかり、すぐには確認できないことがあります。場合によっては、過去の絶滅債務を相殺するだけで、目に見える変化が生じないこともあります。
さらに、生物種の個体数の増減は、年ごとの気候の違いや、自然環境における生産量の変動(実が成る量など)といった、広域スケールでの確率的な現象によって大きく左右されます。これを「確率性」と呼びます。捕食者と被食者の間での周期的な個体数の変動なども、個体群動態に影響を与えうる要因です。したがって、植栽のような局所的な自然再生活動の効果(ポジティブな時間トレンド)を、直接的な観測に基づく個体数カウントに基づき評価することは、実際には不可能です。すなわち、実効性のある効果測定は、適切なモデル化を行うことに掛かっていると言えるのです。
3. シンク・ネイチャーのアプローチ
在来樹種の植栽による生物多様性の再生効果を定量化するシンク・ネイチャーのアルゴリズムは、これまでに述べた生態学上の基本概念・理論に基づいています。すなわち、①どれだけの種に対して恩恵を与えたか(カバー率)、②どれだけの個体数増加に貢献しうるか(ネイチャーポジティブ効果)を評価指標として、回復させた資源量の観点から定量評価しています。
3.1. 評価指標
①種に対する恩恵 – 鳥と蝶、在来樹木種数をサロゲートとした「カバー率」
シンク・ネイチャーの定量化手法では、植栽により増加しうる鳥と蝶、そして植栽した在来樹木の数を指標(サロゲート)として用いています。高次の消費者である鳥類と、一次消費者である昆虫(蝶)は、生物多様性の全体への恩恵を定量化するのに適した分類群の選択であると言えます(Column 1)。また、在来樹種は、その地域の本来の生態系ネットワークを支える基盤(一次生産者)であり、地域に生息する生物とのネットワークを構成しています。したがって、在来樹種の数は、植栽により恩恵を受ける種を表す指標として機能するのです。このようにすることで、鳥と蝶以外の分類群に対する貢献も、間接的に評価に含めることが可能になります。こうした統合的評価により、生物多様性再生の効果を包括的に定量化できるのです。
具体的には、特定の樹種を利用する鳥と蝶のデータ、及び、樹種、鳥、蝶の空間的な分布データを用いて、ある場所にある樹種を植えた場合に、それが在来樹種か、そして、その樹種が在来の鳥と蝶のうち、どれだけの種に対して餌資源を提供できるかを評価します。実際の植栽の場面では、植栽する樹種は複数種に渡るため、樹種リストをすべて統合した場合の在来樹種数、そして樹種リストにある種の1つ以上を餌資源とする鳥、蝶の種数を評価値として算出します。
フードウェブ(食物網)において、鳥類は高次消費者、昆虫は一次消費者として位置付けられます。こうした組み合わせを用いることは、生物間の相互作用の多様性を捉える上で適しています。ただし、都市の生物多様性を定量化する指標としてクモやハチといった指標を用いた場合、それらに対して苦手意識を持つ人も少なくなく、評価結果を受け入れにくい可能性があります。そこで、より親しみやすく、多くの人に好意的に受け入れられやすい蝶を指標とすることで、生物多様性の評価が前向きに捉えられるよう配慮しています。さらに、評価の正確性の観点でも、研究が盛んでありデータが充実している鳥や蝶に着目することが有効です。 このように、指標としての妥当性と、人々にとっての受け入れられやすさの双方を考慮する考え方が、実効性と実現性をどちらも高めることになると考えられます。 |
②個体数増加への貢献 「ネイチャーポジティブ効果」
個体数の増加効果は、植栽実施地域近傍の森林面積に対して、植栽により増加した面積(樹冠面積の増加量)をもとに、鳥及び蝶の総個体数の増加量の期待値を計算しています。この計算を行うために、現地調査による個体数カウントデータおよび種ごとの生息適性度、さらに森林などのハビタット分布データを用いています(日本では、国土地理院による土地利用細分メッシュデータなどを用いることで、植栽前の森林面積を特定することができます)。算出の基準となるベースラインの個体数は、シンク・ネイチャーのメンバーが実施した研究 [6] に基づいて算出されています。
どちらの評価指標も、生息地面積の再生量に着目しています(Box 4)。
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3.2. どのような目的で評価をするか?
植栽によるポジティブな効果を評価する上では、評価指標①、②それぞれの数値をどのように解釈するかが問題になります。その一つにa. 絶対評価があります。これは、植栽により増加した種数、個体数を直接的に定量化する手法です。最も単純で、直感的にイメージしやすい結果であると言えます。しかし、植栽による恩恵の絶対量は、それぞれの場所に存在する在来種数の数によって左右されることになります。樹木を利用する鳥がもともと多く存在する場所では、植栽により恩恵を受ける種も、増加する個体数も大きくなります。すなわち、条件の違う複数の物件での植栽の効果を比較したい場合には、絶対評価が必ずしも適切であるとは言えません。こうした状況に対しては、評価指標①の種に対する恩恵の評価において、在来分布する鳥や蝶、樹種のうち、どれだけの割合がカバーできているかという値を算出することで、自然再生の効果をスコア化した値も算出しています(カバー率)。
在来種の植栽に力を入れている個社の場合には、その施策を行わなかった場合に比べて、どれだけの効果があったかを知りたい場合があります。この場合には、b. ベースラインとの比較による相対評価を用いることが有効です。例えば評価したい植栽の前に、別の樹種が植えられていた場合、その際の効果をベースラインとして比較を行うことが考えられます。また、ある物件で、在来種を優先的に植えるといった施策を行わず、人気のある樹種を植えた場合の効果を算出してベースラインとするのも、相対評価の一種です。後者の評価は、新たに物件を開発する場合に有用でしょう。このように、評価したい目的によって適切なベースラインを選択することが肝心です。ベースラインからの相対的な増加量が高い物件がどれだけ存在したかを元に、個社のアクション全体を俯瞰的に評価することも可能です。
さらに、新たな物件開発を行うような場合には、植栽を行える種の数や、面積に制約がある場合が考えられます。こうした場合には、c. 制約条件下での最適組み合わせに対する相対評価を行うことが有効です。この場合には、生息地面積の増加による個体数の増加効果は同程度であると考えられるため、評価指標①の種数にフォーカスすることが理に適っています。
シンク・ネイチャーでは、評価する植栽の背景状況に合わせて、それぞれの観点を組み合わせた評価を実施しています(Box 5)。特に、cで説明した制約条件下での最適組み合わせという観点は、後述する応用アプリケーション「植栽樹種選択システム」に取り入れられています。
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4. 植栽樹種選択システム
上述した基礎概念をもとにシンク・ネイチャーのアプローチをツール化したシステムが「植栽樹種選択システム」です。当システムは、評価したい地域において、鳥と蝶を中心に、在来生物種の生息地の再生に最大限寄与することができる植栽樹木の組合せを提示・評価することができます。これまでこういった評価は、地域ごとに生息する生き物が異なるために毎回人手を介した計算を必要としていましたが、本システムでは、住所(字単位)や想定種数など、植裁を検討する時の情報を入力することで、最適な樹種の組合せを確認・評価することができます。
植栽樹種選択システムは、「最適樹種組合せ選択ツール」と「NP(ネイチャーポジティブ)効果測定ツール 」の2つに大別されます。「最適樹種組合せ選択ツール」では、住所ごとに生物多様性に最大限に貢献しうる最適な植栽樹木の組み合わせを算出します。「NP効果測定ツール 」では、既に植栽済み、又は植栽する樹木が決まっている場合に、それらの樹木を植栽した際の評価結果を算出します。当システムで扱う樹木は、さまざまな園芸植物関係の図鑑やデータに基づいて、植栽樹として人気のある300種の中から選ばれますが、こちらの樹木種・数についてはカスタマイズが可能となっています。
生物多様性への貢献に関しては、「評価値」「在来種数」「呼び込める鳥の種数」「呼び込めるチョウの種数」で評価され、さらに、実際に呼び込める鳥・チョウの種名まで算出することが可能です。「評価値」については、樹種選択システムが取り扱う樹木300種すべてから最適な組み合わせを選んだ時を100点としており、人気上位200種、150種、100種、50種と使用できる樹種が少なくなるに従い、得点も低くなります。その土地に自然分布する多様な樹木を植栽することは餌として利用できる資源を提供する樹木が豊富に存在することになるため、その地域に生息する様々な鳥・チョウを呼び込める可能性が高くなり、評価値が高くなります。




本システムは、都市部の個別住宅での庭造りといった植栽規模に制限のあるような条件下でも、一人ひとりがモチベーションをもって、科学的に有効なネイチャー・ポジティブへ向けた貢献ができることを願って開発しています。序論で述べたとおり、それぞれのネイチャー・ポジティブなアクションが局所的・小規模なスケールであったとしても、グローバルスケールでの貢献に資する価値があります。本システムの利用をきっかけに、一人ひとり、一件一件の庭造りから始めるネイチャー・ポジティブなアクションが、大きな輪となり、都市域全体の生物多様性の最大化に貢献できれば幸いです。
参考文献
- Bowler, D. E., Buyung-Ali, L., Knight, T. M., & Pullin, A. S. (2010). Urban greening to cool towns and cities: A systematic review of the empirical evidence. Landscape and urban planning, 97(3), 147-155.
↩︎ - Gidlöf-Gunnarsson, A., & Öhrström, E. (2007). Noise and well-being in urban residential environments: The potential role of perceived availability to nearby green areas. Landscape and urban planning, 83(2-3), 115-126.
↩︎ - Dell’Anna, F., Bravi, M., & Bottero, M. (2022). Urban Green infrastructures: How much did they affect property prices in Singapore?. Urban Forestry & Urban Greening, 68, 127475. ↩︎
- MacArthur, R. H., & Wilson, E. O. (2001). The theory of island biogeography. Princeton university press.
↩︎ - Hanski, I. (1999). Metapopulation ecology. Oxford University Press.
↩︎ - Fukaya, K., Kusumoto, B., Shiono, T., Fujinuma, J., & Kubota, Y. (2020). Integrating multiple sources of ecological data to unveil macroscale species abundance. Nature Communications, 11(1), 1695.
↩︎ - Kubota, Y., Shiono, T., & Kusumoto, B. (2015). Role of climate and geohistorical factors in driving plant richness patterns and endemicity on the east Asian continental islands. Ecography, 38(6), 639-648. ↩︎
Appendix 1. 種分布モデリング
在来樹種や、植栽によって恩恵を受ける周囲に生息する生き物を特定するには、「どこに」「どんな」生物が分布しているのかという高解像度・高精度なデータが必要になります。シンク・ネイチャーでは、10年以上のデータ収集および種分布モデリングに基づき、日本に生息する約1万種もの生物種の分布データを、1km解像度で整備しています。これらのデータは、日本の生物多様性地図化プロジェクトJ-BMPで閲覧できます。
分布モデルの作成は、文献などから網羅的に収集した生物の出現記録と、気候や土地利用などの環境データを紐づけることで行います。さらに、都道府県や島ごとのチェックリストを用いて分布予測のエラーを取り除くことで、得られたモデルの精度を高めています。こうしたデータは、シンク・ネイチャーのメンバーが実施した研究 [7] においても利用されており、国際的に評価を受けています。
生物多様性地図化プロジェクトJ-BMP
https://biodiversity-map.thinknature-japan.com/

Appendix 2. 各指標の算出方法
在来樹種数:周辺5kmに自生している(SDMの結果分布すると判定された)樹種を、在来樹種と判断しています。このようにすることで、植栽の対象となっている周辺に本来生息している樹種であるかどうかを判別できます。
恩恵を受ける鳥、蝶の種数:周辺5kmに分布している(SDMの結果分布すると判定された)鳥や蝶が、植栽の結果恩恵を受けうると判定しています。これらの種は飛んで移動ができるため、現在周囲1kmには分布していると予測されなかったとしても、周辺に生息適地が存在すれば、植栽によるハビタット再生の恩恵を受ける(植栽木を利用しに訪れる)と考えられるのです。すなわち、周囲5kmに分布している種のうち、植栽木を利用する種の数を、恩恵を受ける種数として算出しています。
カバー率:周囲5kmに生息する鳥や蝶のうち、植栽木を利用する種(恩恵を受ける種)の割合を、カバー率と定義しています。樹木については、植栽樹種のうち周囲5kmに自生する種が、自生樹木種全体のどれだけの割合を占めるかを、カバー率としています。
個体数増加量(ネイチャーポジティブ効果):鳥およびチョウ全体の個体数を、種の生息適性度情報、および現地調査情報、ハビタット量(土地利用や植生図に基づく)によってモデリングし投影することで算出しています。この情報が、個体数増加を定量化するための基準となります。個体数の増加効果は、そこから植栽により一定量のハビタット(森林)面積が増加することによる、個体数-面積関係に従って算出します。さらに、在来の樹木個体数の推定値 (Fukaya et al. 2020 [6]) をベースラインとして、樹木個体数の増加率も算出しています。これらの値を平均した指標が、ネイチャーポジティブ効果です。




