NPJ

NATURE POSITIVE JOURNAL

地球の未来を一緒に考える

サイトマップ

Top

このマガジンをシェアする

この記事をシェアする

ファイナンスの基礎から理解する自然資本関連ファイナンス

ネイチャーポジティブ・ファイナンス

Magazines

ファイナンス一般論

ファイナンスの定義

ファイナンスとは、資金を投じ、その見返りとして投入した資金以上の利益(リターン)を得ることを目的とした活動です。リターンを求めない保全活動への資金提供は「寄付」に当たり、ファイナンスとは区別されます。

近年注目されるカーボン等の「クレジット」は、温室効果ガス削減量や吸収量などを価値化した商品(コモディティ)であり、ファイナンスそのものとは異なります。クレジット自体が投資対象となることもありますが、クレジットを創出する事業に資金を投じることがファイナンスです。

ファイナンスの分類

自然資本関連ファイナンスも、まずは一般のファイナンスと同じ枠組みで整理でき、以下の二軸で大きく分類されます。

投資対象 \ アセットクラスデット(融資・債券)エクイティ(出資)
企業(上場企業)社債、ローン株式投資
プロジェクトプロジェクトファイナンス(融資、グリーンローン等)プロジェクトへの出資

エクイティへの出資は企業やプロジェクトのオーナーシップを取得するもので、リスク・リターンともに高い傾向があります。デットはあらかじめ決められた利息を受け取るもので、リスク・リターンともに低い傾向があります。一般的にデット調達の金額はエクイティ調達の金額よりも大きくなる傾向があります。

投資家の種類と役

金融の世界には多様な資金の出し手があります。代表的なのは以下の通りです。

銀行:融資を通じたデット投資が中心。大規模プロジェクトでは複数の銀行が協力して融資団を組成します。

年金・保険会社:長期安定収益を重視し、企業やプロジェクトへのデット投資、またファンドへの出資(デット及びエクイティ)を行います。

事業会社:商社など、プロジェクトの事業主体としてエクイティ出資を行うことがあります。

ファンド運用会社:投資家から資金を集めて分散投資のためのポートフォリオを構築。運用会社ごとに、上場株式やインフラプロジェクト投資など、得意とする事業分野やアセットクラスが異なります。

政府系金融機関:高リスク案件に対する呼び水として出資や融資を行い、民間資金を誘発する役割を担います。

プロジェクトファイナンスとファンドの役割

プロジェクトファイナンスは、特定の事業のキャッシュフローを返済原資とする資金調達手法で、インフラや資源開発などの大規模事業に利用されます。プロジェクトは特別目的会社(SPC)として設立され、エクイティとデットの両方が投じられます。エクイティ出資は主にそのプロジェクトを主導する事業会社や、専門のファンドによってなされます。デット投資は銀行や保険会社、ファンドによってなされます。

プロジェクトの規模は様々で数十億から数千億円まで幅があります。大規模な案件の場合には、デットもエクイティも複数の投資家で構成されることが一般的です。

ファンドは、その運用会社が得意とする分野の複数の数のプロジェクトに投資し、その分散されたポートフォリオを年金や保険会社に販売します。これにより、投資家は直接ノウハウを持たなくても、分散投資によるリスク低減が可能になります。自然資本関連分野においては、再生可能エネルギー開発プロジェクトが盛んに行われており、インフラ投資に特化したインフラファンドが活動をしています。

自然資本関連ファイナンスの事例

デット(融資・債券)

デットは自然資本関連ファイナンスで最も一般的な手法です。この分野では資金使途を限定するグリーンボンドや自然資本の回復に関連する目標の達成度合いに応じて金利が変わるサステナビリティ・リンク・ローンといった仕組みが活用されています。これらの手法では、借り手企業が資金の使途や達成すべき目標(KPI)を投資家に開示し、第三者機関の検証を受けます。その結果、通常よりも低い金利で資金を調達できるメリットがあります。日本のメガバンクはそれぞれ2030年までに累積数十兆円のデット投資の目標を掲げ、大手生保もグリーンボンド、プロジェクトファイナンスへの投資を積極的に行っています。

企業事例

JR東海: 新幹線車両の更新費用として、複数回にわたりグリーンボンドを発行しました。高効率な車両への更新という明確な資金使途が、その「グリーン性」を保証しています。ソニー生命、太陽生命、大同生命などがこのボンドに投資しています。

ホクト株式会社: 健康食材の拡販や環境配慮型資材への切り替えといったサステナビリティ目標を設定し、70億円のサステナビリティ・リンク・ローンを締結しました。目標達成度に応じて金利が優遇される仕組みです。八十二銀行が主導するシンジケートローン(複数の銀行による共同融資)で、三菱UFJ銀行と三井住友銀行も融資団に参加しています。

プロジェクト事例

洋上風力発電所: 秋田港・能代港での洋上風力発電事業では、複数の事業会社がエクイティ出資を行い、みずほ銀行や三井住友銀行を含む銀行団が約1,000億円のプロジェクトファイナンス融資を行いました。

屋根置き太陽光発電: 株式会社シェアリングエネルギーは、全国の多数の住宅屋根に設置された太陽光発電システムを対象に、国内初となるプロジェクトファイナンスで資金調達を行いました。個々の小規模なプロジェクトを束ねることで大規模な資金調達を可能にした革新的な事例で、第一生命が13億円を投資しています。

エクイティ(ファンドを通した出資)

上場企業への株式投資は、直接的な自然資本関連分野への投資とは言えません。そのため、機関投資家は、より広範な株主エンゲージメントの一環として自然資本の問題に取り組むのが一般的です。

より直接的に自然資本関連分野へ資金を供給する場合、自然資本関連プロジェクトへの出資が検討されますが、多くの場合、ファンドを経由して投資が行われます。

ファンド事例

Nature Based Carbon Fund (HSBC系 Climate Asset Management): 再生可能エネルギーや質の高い炭素クレジットを創出する林業プロジェクトなど、気候変動と生物多様性の両方への貢献を目指すファンドです。このファンドはエクイティ投資を行っており、日本の東京ガスが2,500万米ドルを投資しています。

Climate Finance Partnership (ブラックロック): 政府系機関や慈善団体などから資金を集め、高リスクな新興国の再生可能エネルギーインフラにエクイティ投資を行うインパクト投資ファンドです。ブレンドファイナンスと呼ばれる仕組みで、公的資金が「ファースト・ロス」と呼ばれる、最初に損失を負担する部分に活用されています。これにより、民間投資家(シニア投資家)はリスクを軽減でき、日本の三菱UFJ銀行、第一生命、住友生命が出資しています。

自然資本関連ファイナンスの現在地

エンゲージメントと責任投資原則の重要性

これまでの自然資本関連ファイナンスでは、企業の自然資本回復のための行動が実効性に欠ける事例が散見されます。例えば、開示内容が虚偽であったり、科学的根拠に乏しかったり、温室効果ガス排出と自然資本のトレードオフが見落とされたりするケースなど様々です。経済の持続可能性は、自然資本の回復があってこそ達成できるため、自然資本関連ファイナンスの成功には真の自然資本の回復が不可欠です。

このような失敗を防ぐには、企業と投資家が気候変動や自然に関する科学的知見を深める必要があります。そして、真に持続可能な成果を目指し、透明性の高い対話(エンゲージメント)を通じて連携することが重要です。同様に、ファンド運用においても、自然資本に関する基準に沿った銘柄選定が適切に行われていなかったり、虚偽の報告があったりする事例が報告されています。ファンド運用者には、正しい科学的知見に加え、機関投資家としての責任投資原則の遵守が求められます。

インパクトの定量化と新しい市場の創出

自然資本関連ファイナンスをより実効性のあるものにするため、「資金使途」や「努力」だけでなく、実際の自然資本へのインパクトにコミットするインパクト投資が広まっています。この投資手法では、企業との対話(エンゲージメント)がさらに重要になります。

インパクト投資では、生み出されたインパクトの正確な定量評価が不可欠です。定量評価の重要性は、以下の3つの側面から説明できます。

実効性の強化とエンゲージメントの高度化

 企業と投資家が同じ知見を共有し、自然資本関連ファイナンスの実効性を高めるには、企業活動がもたらしたインパクトを正確に評価し、その情報を共有して具体的な行動につなげなければなりません。

投資リターンとの結びつき

 農業のように地域の生物多様性と密接に関わるプロジェクトでは、創出されたインパクトが経済的リターンに直結することがあります。インパクトの定量評価は、このリターンを正確に測ることを可能にします。

新たな市場の創出

インパクトを定量化することで、生物多様性や水資源、土壌保全といった「炭素以外の自然資本価値」をクレジット化できます。これにより、新たな市場が生まれる可能性があります。ただし、公正で信頼できる市場を形成するには、緻密な制度設計が必要です。具体的には、信頼性の高い計測・認証システムに加え、温室効果ガス排出量のように、企業が自然資本に与える負の影響を「自然負債」として開示するルール、オフセットが可能な地域の範囲を定める取り決めなどが必要です。一方で、クレジットの種類が増えれば、これまで経済的リターンが見込めず資金調達が難しかったプロジェクトも、バリューチェーン上の企業などからの資金を呼び込み、ファイナンスとして成立させることが可能になるでしょう。

とめ

自然資本関連ファイナンスの成功は、金融の力と科学的知見の融合にかかっています。デットとエクイティの双方で多様な手法が進化し、単なる資金提供を超えて、実際の自然資本の回復にコミットする仕組みが生まれています。この流れを加速させるには、正しいインパクト評価と、それに基づく透明性の高い対話が不可欠です。私たちは今、気候変動と自然資本の課題解決を、新たなビジネスチャンスと市場の創出につなげる転換点にいます。

このマガジンをシェアする

この記事をシェアする